2020(令和2)年に厚生労働省が発表した「令和2年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」によると、調査時点での全国のはり及びきゅうを行う施術所は32,103店舗にのぼりました。この数字は2010年の調査開始以降増加を続けており、今後もさらに増えることが予想されます。
そんな激戦の中で鍼灸院を経営していくうえで重要なのが、同業他社との差別化です。同じ事業内容を展開しながら差別化を図るためには、ターゲットを明確にし、顧客の利便性を追求することが大切になります。そこで鍼灸院経営のカギとなるのは、開業前の物件選びと綿密な事業計画です。
本記事では、鍼灸院の開業にあたっての物件選びについて、事前準備や物件探しのコツ、注意点などを解説します。
鍼灸院の物件選びの流れ
物件選びは、事前準備から契約完了まで多くの手順を踏むことになり、想定しているよりも時間がかかる場合があります。開業日から逆算し、余裕をもってスタートしましょう。
また、開業にあたって新たに物件を建てることもありますが、今回は賃貸物件を契約するまでの流れに絞って解説します。
1. 事業計画の作成
イメージしたことを創業計画書としてまとめ、開業を実現するために、金融機関やスタッフや関係者にどのような鍼灸院にしたいかをイメージしてもらう必要があります。どういった規模で展開するのか、財源や収益見込み、コンセプト、家賃や人件費などを綿密に計算します。
2.物件の希望条件を選定
事業計画の作成で見えた必要な物件の条件を、鍼灸院の特性も踏まえて決めましょう。その物件におけるエリアの特徴、人通りやアクセスのしやすさなどを考慮した上で、売上見込みに対して払い続けられる賃料であるか考えておきます。
3.物件探し・内見
不動産業者と相談し、物件を選択します。開業したいエリアの知識が豊富な不動産仲介業者に依頼すると、スムーズに物件を探すことが可能です。内覧をすることで事前の希望条件とマッチしているかを確認できます。施術される側にとっても快適な空間であるかという視点で見るのも重要です。
4.申し込み、審査
経営したい物件が決まったら、なるべく早く申し込む必要があります。申し込んですぐに契約が成立するわけではなく、賃料の支払い能力があるか、事業計画が妥当であるかなどの審査があり、追加で提出物を求められた場合はその指示に従わなければいけません。
5.契約締結
審査が通過してはじめて、正式な契約になります。契約書の条項を確認したうえで、内容に問題がなければ署名と捺印をします。
6.引き渡し
本契約後、鍵の受け取りが完了すると、物件の引き渡しが行われます。多くの場合、鍵を受け取った日が契約開始日で、引き渡しが完了したら内装の準備を進めていきましょう。
物件を選ぶ前に事業計画で決めておくこと
ターゲット
ビジネスを始めるうえでターゲットの設定は、今後の方針や売上に直接関係するため、非常に大切なポイントです。年齢層や性別、未婚か既婚か、健康状態や職業など、さまざまな側面のターゲットが考えられます。
メインターゲットが決まれば患者単価の算出が容易になり、売上予測を立てやすくなります。さらにターゲットの選定により、どういった場所に開業するか、鍼灸院のコンセプトを決める上でのヒントにもなります。
コンセプト
コンセプトは、誰にどのような施術をいくらで提供するかを決めるなど、鍼灸院の開業時にベースとなるテーマを示します。店舗のコンセプトと、想定される利用者層を一致させることが重要です。
例えば、子育てにより腰痛をかかえる女性への施術提供をコンセプトとした場合、託児サービスを併設することで子供の同伴が可能になります。
コンセプトに対して、的確な施術や設備を提供することで、利用者の利便性が高まり、リピートにつながりやすくなります。
設備・規模
開業資金は大きく初期投資と運転資金に分けられます。初期投資は店舗資金、内外装資金、備品資金や宣伝費が含まれます。運転資金は、人件費、光熱費やリース料など鍼灸院を経営していくうえで必要な資金のことを示します。
鍼灸院の開業にあたって、どのくらいの売上で初めに投資した資金を回収し、黒字化できるかを計算しておくことで、物件の予算や施術料金を決める際の参考になります。
資金調達
資金計画を立て、自己資金のみで開業ができないと判断した場合は、資金調達を検討する必要があります。資金の調達先は、日本政策金融公庫や銀行、信用金庫などの融資が一般的です。
融資を申請するにあたって、鍼灸院を開業する地域の人たちにどのように貢献できるかを明確に伝えることが重要になります。そのために、事前に具体的な開業動機を見つめ直しておくことが不可欠です。
賃料の上限
これまでの要素を総合的に判断して、払い続けられる賃料の上限を決めます。どんなに良い物件でも、売上に対して賃料が高すぎると借り続けることができません。軌道にのるまでの賃料が事前に用意できているかも忘れてはいけないポイントです。
賃料は、社会状況や営業日数にかかわらず毎月定額の支払いが必要であるため、ある程度無理のない範囲で払える賃料を設定しておかなければいけません。
物件選びのポイント
事業計画を作成し、物件探しで考慮する条件を洗い出したら、物件の検索に入ります。ここからは、物件を探す際に確認するべきポイントを解説していきます。
立地とエリア
立地は、物件選びの中で最も重要になってくる項目です。駅前、オフィス街、商店街や住宅街など、エリアごとに客層が大きく異なります。
事業計画で定めたターゲット層が訪れやすい場所であるか、立地がわかりやすいかに加えて、人通りが十分かもチェックしましょう。また、エリアの雰囲気が開業予定の店舗のコンセプトと一致しているかも確認が必要です。
面積と規模
スタッフの人数やベッドなどの設備の数から、必要になる面積を算出します。一度に何人も施術を行えるような大規模な治療院にするのか、1人ひとりの利用者とゆっくり向き合う小規模な経営をしていくのか、理想の経営方針に沿った物件を探します。
鍼灸院の規模感は、前述の立地とも結びつけて考える必要があります。落ち着いた小規模な経営を理想としている場合は、エリアも落ち着いた場所を選択するなど、一貫したコンセプトを持つことが大切です。
周辺環境のリサーチ
物件やエリアの特性だけでなく、周辺の環境をリサーチすることも重要です。周囲のビルに入っているオフィスや店舗、競合となる同業他社の有無は必ず確認しておきましょう。また、周辺の治安も集客を左右するポイントです。
サイトや書面には、基本的に物件を売り込むのに不利になる情報は記載されていません。そのため、内見の際に自分の足で周辺を回り、治安や雰囲気などに違和感がないかを確かめる必要があります。
物件の種類
居抜き物件とスケルトン物件
テナント物件は、居抜き物件とスケルトン物件の2種類に分けられます。居抜き物件は前のテナントが使用していた内装や設備がそのまま残っている物件のことで、スケルトン物件は基本的な建物の構造だけが残され、内装や設備が一切ない物件のことを指します。どちらにもそれぞれメリットとデメリットが存在するため、選択する際には慎重な判断が必要です。
居抜き物件
居抜き物件は既存の設備やインテリアをそのまま利用できるため、開業にあたっての初期費用を大幅に減らすことができます。初期費用を安く抑えられると、開業コストの回収が早くなるため、経営が軌道に乗りやすいです。また、治療院の居抜き物件であれば、地域住民から治療院の物件だと認識された状態で開業できるため、ゼロからのスタートよりも利用者を呼び込みやすい可能性があります。
一方で、既存の設備や内装をそのまま利用していくため、自分の理想とするデザインや設備配置を行うことが難しくなります。また、設備の不具合や故障があった場合には修理のコストが追加で発生することもあります。
スケルトン物件
スケルトン物件は既存の設備などが何もない物件であるため、内装や設備、間取りなどを自身の希望に合わせて自由に設計できます。コンセプトにこだわって自分の満足できる鍼灸院を作りたいと考えている方には最適です。また、開業時に内装や設備が新しく導入されるため、居抜き物件の設備と比較して経年劣化による故障などの心配が少なくなります。
しかし、内装や設備をゼロから導入するには多額の費用や時間がかかります。特に内装に関しては専門の業者に依頼することが多いため、その費用も考慮に入れる必要があります。スケルトン物件を借りる場合、開業までの時間がどうしても長くなってしまうため、余裕を持った事業計画が必要です。
路面物件
路面物件は1階にあり、道路に面している施設です。通行人の目に留まりやすく新規利用者を獲得しやすいため、はじめて開業する人や目新しいサービスを行う場合に適しています。
一方で、独立した店舗のため防犯対策やセキュリティ費への初期投資が必要です。また、土地の面積や建築規制により、店舗拡張の自由度が制限される場合もあります。
医療モール
医療モールは、ショッピングモールに併設された、さまざまなクリニックが集合するエリアのことを指します。利用者にとっての利便性が高いだけでなく、トイレや待合室を共有できるため設備費用を抑えられたり、買い物やほかの治療のついででの集客が見込めたりするのが強みです。
一方で、診療時間や設備、デザインなどを医療モール側の意向に従って定める必要があります。また、同じモール内に競合院があった場合は、逆に利用者が見込めなくなってしまう可能性があるため、入居前に入念な調査が必要です。
賃貸マンションやアパート
賃貸マンションやアパートの一室で鍼灸院を開業すると、モールなどテナントと比較して圧倒的な低コストで営業をスタートできます。施術者も必然的に少人数になるため、利益率が高くなり、リスクの低い経営が可能です。
一方で、目につく場所に店舗がないため、認知がされにくく、利用者の新規獲得が難しくなります。また、同時に大人数の施術ができないため、予約管理体制も重要になります。
物件の探し方
物件を探す際もっとも効率的なのが、インターネットの物件サイトで希望物件を絞り込み、サイト経由で不動産仲介業者に行く方法です。事前に決めたターゲット層やコンセプトと合った物件を選ぶためには、不動産業者に希望条件を明確に伝え、専門的な意見を聞くことが大切です。
内見のポイント
物件探し全体を通して、特に重要なのが内見です。データ上は好条件な物件でも、実際に内見に行くと隠れた問題点が見つかることは少なくありません。
物件そのものだけではなく、周辺環境を確認できるのも内見のメリットです。内見時にチェックしておくと良いポイントの例を以下に記載します。
【物件】
・入口の入りやすさ、わかりやすさ
・体感の広さ
・間取り
・設備内容
・コンセントの有無、数
【周辺環境】
・最寄駅からのアクセス
・周辺の雰囲気
・競合店舗の有無
・治安
・ターゲット層が歩いているかどうか
物件契約後の流れ・準備
納得のいく物件が見つかり、無事審査を通過したら物件の契約に入ります。
契約内容を確認し、賃料や初期費用、退去時の手続きなどの項目に問題がなければ署名捺印します。疑問点があれば弁護士などの法律の専門家に相談したり、不動産業者に質問しておくと安心です。定期借家契約や居抜き物件の譲渡契約など、ややこしい契約がないかあらかじめ確認しておきましょう。
契約後は内装工事の依頼や、その他必要なものの準備、購入を進めていきます。ほかの鍼灸院の内装を参考にしたり、SNSなどでターゲット層のトレンドを分析してみるのも効果的です。
まとめ
今回は、鍼灸院を開業するにあたっての、物件選びのポイントについて解説しました。物件選びは、新たなビジネスの成否を左右する重要なステップです。経営者と利用者の双方が満足できるような鍼灸院の開業を目指して、丁寧に物件選びを進めていきましょう。
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